西川進の軽い興奮状態
興奮日記
2004
★10/22
馬鹿の戯言
自分は何処からきて、
これからいったい何処へ行くんだろうね。
生きて行くのは不確定な事ばかりで、
「我思うゆえに我在り」なんて
しょせん慰みの言葉。
どうせ死んで土に帰るだけ。
なめるんじゃねえよ。
築き上げてきたものなんて別にどうだっていい。
この一瞬一瞬に命を懸ける。
それがダメならいつでも死んでやるよ。
どうせいつか死んで土に帰るだけ。
必要と甘えは微妙な位置関係で、
自分が「必要」と思っている事が、
他人から見たら「甘え」であったりもする。
自分が必要と思ってやってる事が、
他人から見たら、ただの甘やかしだったり。
「甘え」を断絶した所に「成長」があったりもする。
「成長」の影に「歪み」も隠れていて、
自己の「歪み」の保有量が多くなりすぎて、
それが、音楽や文章、絵画等で昇華された場合
人々から「成長したね」と褒め称えられ、
万引き、放火、殺人等に走ってしまった場合、
誰にも「成長したね」とは言ってもらえず、
ただの犯罪者となる。
自分が誰かにとって必要なのかどうかなんて、
考えたって仕方がない事で、
自分がいなくたって、その人はその人なりに
りっぱに生きて行けるもの。
例えば自分が、どうしても今日だけは、
○○さんが必要だと言う時
○○さんは、仕事、もしくは不慮の事故で
自分の前には現れず、
そんな時たまたま隣に座っていた人と意気投合し、
その人が急に自分にとって
必要な人に代わってしまったりもする。
○○さんは突然、自分にとってどうでもいい存在となる。
(必要以上の存在、もしくは心の傷になったりもするけど)
もちろん、自分と○○さんの立場が逆の場合もあって、
自分がどうでもいい存在になる事もある。
、、、、悲しいね。
永遠なんて無い。
永遠の約束なんて無い。
永遠に必要なものなんて無い。
私は、大事な人のために、
自分を大事だと思ってくれている人のために、
どうせいつか土に帰るだろうけど、
それまでの自己の成長のため、
その一瞬一瞬に命を懸けて
閃光を放ち続ける。
自分が誰かにとって本当に必要かどうかなんて
それは運命が決めるもの。
なすがままに生きる。
なすがままに。
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